日本国民に告ぐ
誇りなき国家は、滅亡する
小室直樹・著 ワック出版 
第1章 誇りなき国家は滅亡する

 問題の核心は「強制連行」の有無

 繰り返す。歴代内閣の謝罪外交によって、平成9年度から使用される中学校の社会科(歴史)の全教科書に「従軍慰安婦」に関する記述が盛り込まれることになった。
 問題は「従軍慰安婦」なるものの実態である。核心は、日本官憲によって彼女たちが強制的に連行されたのか、それとも自発的に応募したのか、という点である。
 実際に「元従軍慰安婦」と称する人びとが、次々と日本政府に対して賠償請求訴訟を提訴している。提訴しているのは、中国や朝鮮半島やフィリピンの人びとだけではない。戦時中インドネシア(当時はオランダ領)に住んでいたオランダ人8名も、従軍慰安婦を強いられたのは国際法に反する不法行為だとして、慰謝料請求訴訟を起こした(平成6年1月26日付朝日新聞)。
 しかし、50年以上も前の出来事である。それらの人びとが、はたして強制的に連行されたのか否か、どのようにして調査しようというのか。
 橋本首相が「元慰安婦」に渡した「おわびの手紙」のどこにも「強制連行」の文字はなかった。「軍の関与」を認めただけで、宮澤内閣が総辞職のドサクサに言明した「官憲等が直接、加担したケース」、すなわち「強制連行」は事実上、否定されたのである。
 繰り返そう。従軍慰安婦問題に関する最大の争点は、日本官憲(たとえば日本軍)による慰安婦の強制連行があったのか、なかったのかという点である。もしそれがなかったとすれば、彼女らは淫売婦(prostitute)であり、有史以来どの軍隊にも付きものなので(国連PKOも例外ではない)、日本政府に限って特に非難される理由はない。責任を負う謂れもない。
 これ以外にも、慰安婦の総数がどれくらいの規模だったのかという問題もある。また、そもそも「従軍慰安婦」という呼称自体、当時は存在せず、実態と懸け離れた呼び方だという議論もある。日本政府は「真相究明」を約束してしまった以上、こうした問題についても引きつづき調査し、明確な回答を出さねばなるまい。
 だが、この5年間にわたって延々と議論されてきたこの問題の核心は、ただ一つ、(日本官憲による)「強制連行」の有無である。繰り返すが、橋本首相は「おわびの手紙」を出してしまったが、そこには「強制連行」の文字はないのである。
 にもかかわらず、平成9年度からのすべての教科書に「従軍慰安婦」の記述が登場する。しかも「強制連行」を肯定したり(東京書籍)、示唆する記述となっている。
 いったい、「強制連行」はあったのか、なかったのか。筆者は「なかった」と考えるが、その理由については後述する。また次章では、これまでまったくと言ってよいほど、議論されてこなかった挙証責任、証明責任の観点からこの問題について論じる。
 挙証責任(事実はこうだと証明する責任)が誰にあるか、どちら側にあるかによって、責任の取り方がガラリと変わる。それなのに、今まで、この問題の挙証責任について本格的に論じた人は、いなかった。本書において挙証責任をあらためて論ずる所以である。
 が、挙証責任について論じるに先立って、教科書問題、特に従軍慰安婦問題の核心根本的事実関係を整理しておきたい。誤った事実の上に立つ議論、いや、事実なんか振り向いてもみない議論ばかりが横行しているからである。なぜ、こんな議論が横行しているのか。それは、日本のマスコミが、依然としてマルクスの亡霊に取り憑かれているからである。
 
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