日本国民に告ぐ
誇りなき国家は、滅亡する
小室直樹・著 ワック出版 
第1章 誇りなき国家は滅亡する

 なぜ慰安婦は日韓条約のとき問題にならなかったのか

「従軍慰安婦」問題も、まさしく、このパターンで起きた。この問題の核心は、すでにいくたびも強調したが、日本官憲による強制連行の有無である。それに尽きる。もし強制連行がなければ、ことは売春の問題にすぎず、これ世界史とともに古い問題であり、当時の日本では完全に合法であった。
 強制連行の事実があれば、問題はまったく違ってくる。第一の問題点は、その強制連行が合法的か非合法的かということである。もし、合法的強制連行(例、容疑者、徴用された者)であれば、法的には問題にならない。非合法な強制連行であれば、ズバリこれ犯罪である。
 国際的に、あるいは人道的に問題になる前に、非合法な強制連行は日本(大日本帝国)の紛(まが)うべくもなき犯罪である。当時、大日本帝国憲法は朝鮮、台湾、南洋には施行されていなかったが、刑法は施行されていた。ゆえに、日本官憲がこれを知って見逃していたとすれば、法的責任は免れえない。そうでなくても、検挙率があまりに低ければ、日本官憲の政治的責任が問われることになる(犯罪検挙率があまりに低くて選挙に負けるアメリカの首長のごとし)。
 このように、「従軍慰安婦」問題などとはいうものの、その実、強制連行はあったのかなかったのか。仮にあったとした場合、これを行なったのは誰か。日本官憲の命令によるのかどうか。このことだけが問題なのである。ここに焦点を当てて、事実関係を追跡してゆくと、今の紛糾をきわめた状態からは想像もつかないようなことが明白になってくる。
 韓国政府が戦後これを問題にしたことはなかった。昭和40年(1965年)の日韓基本条約締結のときも、慰安婦の強制連行などまったく問題にされなかった(藤岡前掲論文「反日史観はこうしてつくられた」)。
 日韓基本条約締結に際しては、日本と韓国の主張、感情が、あまりにも尖鋭に対立したので、いくたびも暗礁に乗り上げた。日本も韓国も、自分に有利、相手に不利なデータを競って持ち出して議論を展開したものであった。このとき韓国政府は、男子工の徴用(たいがいの場合、合法。日本の男子工も徴用されたのだから、朝鮮人の男子工を徴用したとて、べつに、差別とは言えない)については問題にしたが、慰安婦の強制連行(もしあったとすれば非合法である。明白に犯罪である)については少しも問題にもしなかった。
 このことだけを見ても、「慰安婦の強制連行」という事実は、韓国当局の意識に少しもなかったことは明白である。これが1965年(あるいはそれ以前)の話である。この年以前だけではない。その後も、1990年代に日本のマスコミが騒ぎはじめるまでは、韓国側が日本に向けて持ち出すことはなかった。このことは、特に注目に値する。
 すでに論じたように、昭和57年(1982年)、最初の教科書問題(「侵略」→「進出」検定による書替え問題)が持ち上がった。仮に、「慰安婦の強制連行」という事実が少しでもあったならば、このとき韓国は日本攻撃の好材料として、力を尽くして調査を進めたとは思わないか。
 しかし、韓国は、「従軍慰安婦問題」で日本を攻撃することはしなかった。これほどまでの日本攻撃の絶好の材料を捨てて顧みないとは、まず考えられない。調査の結果、「強制連行」の事実はなかったか、調査の必要もないほどに「強制連行なんていうことはありえなかった」か、それらのいずれかであるとしか考えられない。
 
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