|
||
第3章 はたして、日本は近代国家なのか | ||
開国日本の悲願――不平等条約の改正 「従軍慰安婦」問題において強制連行の事実がなかったことは、すでに論証されていると第1章で述べた。同時にそうした言論、つまり「従軍慰安婦」問題はデッチ上げだという言論が、封殺されてしまう現代日本社会の問題点も指摘した。「強制連行はなかった」と主張しているのは産経新聞のみで、他の主要紙は藤岡教授らの論証を黙殺している。 「従軍慰安婦」問題だけではない。「南京大虐殺」もデッチ上げであることが、鈴木明氏(『「南京大虐殺」のまぼろし』)、山本七平氏(『私の中の日本軍』)、中村粲(あきら)氏(『大東亜戦争への道』)、冨士信夫氏(『「南京大虐殺」はこうして作られた』)らによって論証されているにもかかわらず、教科書も大新聞もこうした言論を黙殺している。 文部省の役人も教師も新聞記者も、低能というわけではない。知的水準から言えば、日本人の平均以上の人びとである。そういう人びとが、明白に論証されている事実を理解しないのである。いや、しようとしないのである。これはどうしたわけか。これこそ、本章のテーマである。 答えを一言で言えば、日本教育システムにおける抜きがたい伝統主義――。 明治時代、日本に近代的教育システムが作られたとき、鞏固(きょうこ)このうえない伝統主義が、しっかりと根を下ろしたのであった。 明治時代に濫觴(らんしょう)を発する(始まる)日本教育システムの本質は、根本においては資本主義の建設であり、政府の意図においては条約改正であった。 ご存じのとおり、安政の開国条約において日本は、屈辱的な治外法権の制度を押しつけられた。安政条約によって、日本の裁判所は、日本に滞在する列強の人びとを裁くことができないことになった。彼らは、どんな不法なことでもしほうだい、とまで言っても中(あた)らずと雖(いえど)も遠からず、そんな有り様。不平等条約の安政条約によって、イギリスやフランスは日本に軍隊を駐留させる権利を持っていた。中国とは違って租界(列強各国が領事裁判権や行政権を持っていた区域。軍隊の駐留や経済活動に関する特権も認められていた)ができなかったのがせめてもの幸いと、胸を撫で下ろしていた有り様であった。 日本産業の死活を制する輸入関税率も日本が決定できなかった。日本経済の命脈は外国列強の手中にあったとさえ言えよう。 日本は劣等国(後進国)扱いを受け、完全な独立国とは看做されていないのであった。一日も早く不平等条約を改正して完全な独立国になりたい。朝野(政府と民間)を挙げて日本人は渇望した。 では、いかにすれば、不平等条約を改正して、治外法権の撤廃、関税自主権の回復を実現することができるのか。当時の非ヨーロッパ諸国にとっては、これは、とてつもない難問ではある。が、仮にそれが可能であるとするならば――。 資本主義国家になることである。 当時の非ヨーロッパ諸国が資本主義になることは至難の業ではある。しかし、仮に資本主義になったとしたら――。その国は完全な独立国として認められ、主権国家として平等な条約が締結されるのである。これが、当時の国際法(伝統的国際法、古典的国際法)の原則であった。 |
||
← [BACK] [NEXT]→ | ||
[TOP] | ||