富士山噴火と南海トラフ
海をゆさぶる陸のマグマ
鎌田浩毅・著 講談社 
第1章 火山灰

 火山灰の被害――ライフライン

 火山灰の被害は、ハイテクノロジー社会にも打撃を与える。たとえば、西風に乗った火山灰が降り積もる風下の地域にあたる東京湾周辺には、火力発電所がたくさん設置されている。そのガスタービンの中に火山灰が入り込むと、発電設備が損傷する恐れがある。また、雨に濡れた火山灰が電線に付着すると、碍子から漏電して停電に至ることがある。すなわち、火山灰は首都圏の電力供給に大きな障害をもたらす可能性がある。
 一方で、細かい火山灰は浄水場に設置された濾過装置にダメージを与え、水の供給が停止する恐れもある。このように火山灰が大都市のライフラインに及ぼす影響が心配されている。
 何より、都市で生活する人々を取り巻くもののほとんどが、コンピュータで動いている。そのコンピュータにとって、火山灰は大敵なのだ。
 上空から降ってくる火山灰には、細かな粒子がたくさん含まれている。これらが電子機器やコンピュータの吸気口から吸い込まれると、中に付着する。静電気によって吸いつけられるからである。そして、これらの細かい灰が機器類に誤作動を起こさせるのだ。
 たとえば、野外調査にノートパソコンを持ち出し、火山灰が立ち込めるところで作業したあと、パソコンがやや不調になることがある。しかし、部屋に持ち帰って、クリーナーで丁寧に吸引しながら掃除すると直る。これはおそらく、細かい火山灰が原因ではないかと考えられる。
 富士山が噴火して、ごく少量の火山灰が入っただけでも、電子機器やコンピュータは正常に作動しなくなるだろう。1991年の長崎県・雲仙普賢岳の噴火で、地震を観測する機器につけられているコンピュータが、火山灰によって実際に止まってしまった。正常な作動をしなくなったため、火山の観測におおいに支障をきたした。
 コンピュータが機能しないというのは、言うまでもなく大変なことである。通信、運輸、金融をはじめとして、現在の多くの産業に大打撃を与える。これらのホストコンピュータの大部分は首都圏にあるので、被害が日本中から世界へ広がりかねない。ひどい場合には、電力、ガス、水道などのライフラインにまで支障が出るだろう。どの企業も官庁も、電子機器やコンピュータの小さな穴から入り込む火山灰の対策までは、まだ手が回っていない。
 たとえば、高速で走る新幹線は、すべてが電子制御されている。火山灰が5ミリメートル積もったら、信号機やポイントなどの電気系統の故障による想定不能の障害が起こりえるため、運行はきわめて難しくなる。実際、鹿児島市では桜島から頻繁に噴出する火山灰の影響で鉄道の運行がたびたび止まっている。これまで、大雨や台風や雪に対する備えは考えられていたが、火山灰への対策となると、新幹線でもまだほとんどなされていないというのが現状である。
 
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