自分の品格
渡部昇一・著 三笠書房 

 チョコレートを投げた米兵に一矢報いる

 ところが、とくに戦後、こういった日本人の規律正しさや道徳の高さは全部無視されて、自分勝手な民族だとか、ルールを守らないとかといったマイナスの面ばかりをジャーナリズムは強調するようになっている。そんなことはまったくのつくり話で、日本くらいよくルールを守り、契約を守る国はおそらく世界中探してもないくらいなのだ。
 それは、国の外交といった面にも現われている。
 たとえば、安政年間に締結された日米和親条約にせよ、日英和親条約、日露和親条約、あるいはその後の日米修好通商条約などは、すべて砲艦外交で押しつけられたものだから、日本には非常に不利な不平等条約だった。日本には外国人を裁判する権利がないという治外法権が認められていたり、また日本には関税自主権がないという具合でまったくの不平等だったのである。しかもこれを締結したのは、旧徳川幕府であって、明治の維新政府が契約したのでも何でもない。にもかかわらず、維新政府は全部受け継ぎ、きちんと契約を順守する。
 あるいはまた、日露戦争における戦費はかなり膨大であったため、イギリスやアメリカに借金せざるをえなかった。これらの借金も日本は全部きちんと返済している。ヨーロッパの戦争などでは、戦費の返済など皆いい加減で、うやむやにしてしまうのが一般的なのに、日本はきちんと返した。こんな律義な国はまずないであろう。
 それなのに、戦後のジャーナリズムはマイナス要因だけをあげつらって、悪口を言っているのである。実際に日本人と直接取引きしている人たちは、一番安心できる国だと考えているにもかかわらず、である。
 「日本人が信用されている」と感じるのは私も同様である。
 たとえば私などがイギリスを信用しているのは、現地の古本屋と直接つき合っているからである。日本とイギリスとは遠く離れているけれども、それでもごまかされる恐れはまったくない。だから安心して取引きできるというわけなのだ。向こうとしても、日本人でイギリスの古書を買うような者なら、ごまかし方など知らないだろうと考えているのかもしれない。いずれにせよ、イギリスも日本も商売については律義な国であることは確かだし、それは、実際に取引きしている人にしかわからないことでもあるのだ。
 とは言え、第一次大戦時にはずいぶんと商業モラルが崩れたことは確かだと思う。日本人として恥ずべきことをした人もいる。シャケ缶の中に石ころを詰めて売ったとか、そんな悪辣なことをして儲けた成り金も確かにいた。しかしそれも例外的だったから悪さが目立ったのであって、普通の日本人はそんなことはけっしてやりはしなかった。それよりもむしろ、敗戦国になってからも毅然としている人のほうが多かったのではなかろうか。
 こんな話がある。
 戦後すぐの頃、アメリカ軍がジープで乗りつけてきて、めずらしがって集まる子供たちにチョコレートやガムなどを投げ与えているシーンは、ニュース映画やテレビのドキュメンタリー番組などで見たことのある人も多いだろう。番組や記者の意図はどうあれ、ここまでは誰でも報道した。日本は何もない時代だったから、子供たちがチョコレート欲しさに群がるのも、やむを得ないことだったのだ。
 この話には続きがある。
 記憶は定かではなくなっているのだが、確か東北地方のどこかの出来事だったと思う。例によって兵隊たちは得意げにチョコレートをばらまいて兵舎に引き上げていった。普通ならそれでおしまいだ。ところがこのときは、翌日、見知らぬ女性が訪ねてきて、子供がチョコレートをもらったお礼にと、野菜を置いていったというのである。これを知ったアメリカ人は、この国はどえらい国になると言って感服してしまったというのだ。
 チョコレートばかり報道するのではなく、ここまで報道しなければジャーナリズムではないと思うのだが、それはともかく、戦前のちゃんとした家なら、子供が物をもらったら親はきちんとお礼をしたものなのだ。この母親がどのような家庭の人なのかはわからないが、チョコレート1枚であろうがガム1個であろうが、見知らぬ人にほどこしは受けないという気概があったのである。そしてそれは、たとえ相手が戦勝国のアメリカ人であっても変わらないということなのだろう。見も知らぬ人、しかも外国人から物をもらって、もらいっぱなしにしては恥になるというプライドが、この母親にはあったのだ。だから、ちゃんとお礼を返して、フィフティ・フィフティにし、屈辱をそそいだのである。
 敗戦直後だから、この母親だって裕福なはずがない。子供のおやつにも事欠くこともあったろう。だからと言って見知らぬ人に物をもらってはいけない。よしんばもらったならば、きちんとお礼を返すというのが、戦前のきちんとした家のモラルだったのだ。この母親は単にそのモラルに従っただけだったのかもしれないが、チョコレートをばらまいていい気分に浸っていたアメリカ兵はびっくりしたであろう。
 恥ずかしい思いはしたくないというプライドが、日本人の中には脈々と生き続けていた。だからこそ、敗戦後のあの混乱のさなかでも、この母親のような行為が自然とできたのである。
 
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