実録・幽顕問答より
古武士霊は語る

近藤千雄・著 潮文社


 睡眠と入神の違い

 ところで、泉態太郎の霊が入神している間、市次郎の霊はどこでどうしているのでしょうか。これはぜひとも理解しておくべきことで、心霊学的に少しややこしいのですが、ひと通り説明しておくことにします。
 人間は大まかに言うと霊と精神と身体とで構成されています。精神は霊が身体を操るための操縦室のようなもので、赤ん坊の時から少しずつ練習して、食べること、飲むこと、歩くこと、話すこと、字を書くことを覚えてきました。何でもないことのように行っておりますが、その一つ一つが奇跡といってよいほど大変なことです。たとえば“飲み込む”という作用一つにしても実に十六個の筋肉を使用していて、そのうちの一つでも障害があると思うように飲み込めなくなります。われわれが無意識のうちにやっているのは、それが精神に記憶されて自動的になっているからで、心理学ではこれを潜在意識と呼んでいます。
 さて、われわれが寝入ってしまうのは、霊が身体から離れてこの潜在意識が働きを休止する――言ってみれば電源を切られたような状態になることで、同じ無意識状態であっても入神状態と異なるのはその点です。たとえ話で言えば、電源が入ったままの操縦室に他の霊が侵入して操縦士を縛り上げ、隅の方へ押し込めておいて自分が操縦するのと同じで、いうなれば“乗っ取り”です。むろんこのたとえ話は市次郎と泉態太郎のケースのような病的な場合であって、天性的に入神霊媒としての使命をもって生まれている場合は、霊と霊体との間に信頼関係がありますから正常であり健康的です。
 シルバーバーチ霊の専属霊媒として半世紀もの間ほぼ週一回の割合で入神現象を繰り返したモーリス・バーバネルはただの一度もそれによって健康を害したことはありませんでした。ちなみに彼が入神中のことを書いた記事の一部を紹介しておきましょう。

〈はじめの頃は身体から二、三フィート離れたところに立っていたり、あるいは身体の上の方で宙ぶらりんの恰好のままで、自分の口から出る言葉を一語々々聞き取ることができた。シルバーバーチは英語がだんだん上手になり、はじめの頃の太いしわがれ声も次第にきれいな声――私より低いが気持ちのよい声に変わっていった。
 ほかの霊媒の場合はともかくとして、私自身にとって入神はいわば“心地よい降服”である。まず気持を落ち着かせ、受身の心境になって気分的に身を投げ出してしまう。そして私を通じて何とぞ最高で純粋な通信が得られますようにと祈る。すると名状しがたい温かみを覚える。ふだんでも時おり感じることがあるが、これはシルバーバーチと接触した時の反応である。温かいといっても体温計で計る温度とは違う。恐らく計ってみても体温に変化はないはずである。やがて私の呼吸が大きくリズミカルになり、そしていびきに似たものになる。すると意識が薄らいでいき、周囲のことが分からなくなり、柔らかい毛布に包まれたみたいな感じになる。そしてついに“私”が消えてしまう。どこへ消えてしまうのか、私自身にも分からない。
 聞くところによると、入神はシルバーバーチのオーラと私のオーラとが融合し、シルバーバーチが私の潜在意識を支配した時の状態だとのことである。意識の回復はその逆のプロセスということになるが、目覚めた時は、部屋がどんなに温かくしてあっても下半身が妙に冷えているのが常である。時には私の感情が使用されたのが分かることもある。というのは、あたかも涙を流したあとのような感じが残っていることがあるからである。
 入神状態がいくら長びいても、目覚めた時はさっぱりした気分である。入神前にくたくたに疲れていても同じである。そして一杯の水をいただいて、すっかりふだんの私に戻るのであるが、交霊会が始まってすぐにも一杯いただく。忙しい毎日であるから、仕事が終わるといきなり交霊会の部屋に飛び込むこともしばしばあるが、どんなに疲れていても、あるいはその日にどんな変わった出来事があっても、入神には何の影響もないようである。あまりに疲労がひどく、こんな状態ではよい成果が得られないだろうと思った時でも、目覚めてみると、いつもと変わらない成果が得られているのを知って驚くことがある〉


 ことのついでにシルバーバーチが霊媒現象について説明した部分を紹介しておきます。ある日の交霊会でシルバーバーチが「霊媒のバーバネルが入神状態から睡眠状態へ移行しそうなのでコントロールがしにくくなりました」と述べ、「そうなると私にとってはまずいのです」と
言いました。そこで「なぜですか」と尋ねると――

シルバーバーチ「私はこの霊媒の身体をコントロールしなければならないからです」

質問「霊媒が眠ってしまうとコントロールできないのですか」

シルバーバーチ「できません。身体を操るには潜在意識を使用しなければなりません。眠ってしまうと潜在意識が活動を停止します」

質問「でも、どっちにせよ霊媒はその身体から出るのではないでしょうか」

シルバーバーチ「いえ、霊媒自身が身体の中にいるか外にいるかの問題ではありません。潜在意識とその機能の問題であり、それは“中”でも“外”でもありません」

質問「私は霊媒は脇へ押しやられていると思ってました」

シルバーバーチ「それはそうなのですが、一時的に身体からは離れているというだけのことです。それは霊体がみずから進んで身を任せている状態で、潜在意識まで引っ込めてしまうのではありません。そうなると睡眠状態になってしまいます」

 泉態太郎の霊はこうした原理を利用して宿願を果たそうと考えたわけですが、それを市次郎の霊が快く思うはずがありません。そこで市次郎の身体を病気で弱らせ霊力を衰えさせておいて憑依し、強引に身体を使用したわけです。
 
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