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第4章 生と生のはざま D |
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輝かしい門出 『エジプトの死者の書』は紀元前1300年の昔に書かれた死後の手引きである。エジプトの原典の題は『日の光の中に出現する』といい、生から死への移行の体験を正確に表現したものである。 目もくらまんばかりの光や圧倒的な明るさが中間世に入ったときの際立った特徴である。宇宙意識という大洋のように広大な体験とは、この光を知覚する作用のことであろう。この世のどんな幸せといえども、生と死の境界をこえた人すべてを飲み込むこの純粋の恍惚感に匹敵するものはない。 存在するのはただ愛だけである。魂が、分かたれることのない一なる存在へとふたたび吸収されていくとき、強烈な恍惚感に、怖れや否定的なものは消え去ってしまう。 私たちは転生を終えるたびごとに、何度もこの輝かしいはじまりに迎えられる。そのはじまりはいつも完全な驚きとして感知される。視野をさえぎっていた目隠しが突然取り外され、私たちは歓喜にみちて悟る――宇宙が展開するありさまを、そして自分がこの宇宙のうちのどこに位置するのかを。人間がつぎつぎと転生をつづけていくのはなぜなのか、永遠の生命とは、輪廻のプロセスとは、といった謎もすらすらとかんたんに解けていく。 7回の中間世をおとずれた、ある女性ソーシャルワーカーはこう語る。 前世の死を通りすぎると、恍惚としながら自分の身体がすっかり変わってしまったのを感じます。私の身体は部屋いっぱいに拡がり、これまでに感じたこともないような非常な幸福感がどっとおしよせてきます。こう感じながら、自分は本当はだれで、何のために存在するのか、自分は宇宙のなかでどのような地位にあるのか、ということもすっかりわかってくるのです。すべてに意味があって、何もかも完全に正しい。愛がすべてを支配するというのは本当なんですね……。 すばらしいことです。普通の意識に戻るには、すべてを包むあの愛やあの知識、あの安心感をあとにしてこなくてはなりません。落ちこんで人生がいやになったとき、いっそ死んでしまおうと考えたくなりますが、それは、死があのすばらしい状態に戻ることだと知っているからです。いままではずっと死ぬのが怖かったけれど、もう怖くありません。 また別の人の話はこうだ。 とても明るく、美しく、澄みわたっています。熱さを感じないで太陽のなかへと吸い込まれていくような感じです。すべてがひとつとなった状態へと帰っていくのです。戻ってきたくはありませんでした。 このように喜ばしく深遠な啓示の内容は人によってさまざまで、その人の経験や意識、期待に応じてちがうようだ。喜びと平和を放射する明るい光のドームのなかに入っていると感じる被験者が多い。ある人たちは、虹の七色さえも色褪せて見えるようなすばらしい色彩を見たという。また、自分が生涯をかけて追求している興味の対象に直接結びつく啓示のかたちで悟りを得る人もいる。数学者として二度の人生を送ったある男性は、これまで解けずにいた問題がすっかり解け、大発見をしたときのアルキメデスさながらに大喜びした。その解は一連の方程式の形をしており、それには世界の第一級の物理学者たちが探し求めていた宇宙のエネルギーの諸形態の関係を説明する答えが含まれていたという。 何度も音楽家として生きた女性は、非常にすばらしい音楽をきいた。彼女によれば、「その作品は信じがたいもので、大作曲家にしか作れないような音楽だった」そうだ。 来世をあらかじめ予想していた人には、自分が想像していたのと同じような来世が待ちうけていることがある。前世で、スウェーデンのうら若い花嫁だったころに戻ったある画家は、17世紀の末、自分の乗ったスペインの大型軍艦が雷雨の北海で沈没し、溺死したときのことを再体験した。その生涯で信心深いカトリック教徒だった彼女は、超意識に入って自分が信じていたとおりの光景を見てすっかり満足した。紫色の背景をバックに、群れなす天使の合唱とともに大天使たちがあらわれ、イエス・キリストが両手を広げて彼女を出迎えたのである。 |
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