生命思考 
ニューサイエンスと東洋思想の融合 
石川光男・著 TBSブリタニカ 1986年刊
 

 怒りは精神的な毒物

「天風会」は東京・護国寺にあった。近代医学とヨガをミックスしたこの会に初めて私が参加したのはもう20年ほど前のことである。医学博士だった中村天風先生が主宰で、心身二元論的な生命観に飽きたらず、東洋的な神秘性の魅力にひかれた人たちが参加していた。
 近代医学を学んだ天風先生が医学と東洋の神秘的修行法を融合させた会をつくったのは、インドでの体験がきっかけだった。若いころ結核で苦しんでいた天風先生は人生を諦め、どうせ死ぬならと世界一周の旅に出かける。その帰途。エジプトのカイロのレストランで食事を摂っているとき、ヨガの聖者に声をかけられ、そのままインドの山奥で三年間の修行をした。
 その間に近代医学からは得られない、さまざまの貴重な体験をした。
 ある日、聖者は、
「どうだ、気分は?」
 とたずねた。そこで、
「気分はよくありません。体が病におかされているのですから」
 と答えると、
「体が病にかかったからといって。心まで病ます必要はない。体に違和感があっても、泣き言を言ってはならぬ。気分はどうかとたずねられたら、ハイ爽快ですとニッコリ笑って答えよ」 と教えて立ち去った。
 聖者の言葉を信じて真剣に努力をするうちに次第に病気は快方に向かった。天風先生はやがてすっかり健康になった。それだけでなく、かずかずの「神秘体験」をし、ESP(超感覚)まで身につけて帰国した。
 インドでの体験が、近代医学こそ正しい、と信じていた天風先生に衝撃を与え、先生は大正8年に「統一協会」を創設、昭和15年に「天風会」と改称された。
 そこで会った天風先生はいつもニコニコしており、腹を立てたり、怒ったりしたのを見たことがない。
 その秘訣を、天風先生はこう語っている。
「私だって腹も立つし、怒りもある。人間なら当然の感情だ。しかし、人間は怒るがそれを捨てることもできる。怒りは精神的毒物で、それをいつまでも持っているのは最も体に悪い。だから腹が立ったら、最初は3日間で捨て、次は2日間、そして1日、とだんだん短くしてゆき、最後は怒ると同時に捨てるように練習すればよい。それができれば、第三者には怒っていないように見えるのだ」
 天風先生は怒り、憎しみ、不平といった感情は精神的な毒物であるからさっさと捨てるように、と言うのだった。心が体に影響を与えるという考え方は、医学の世界ではいまでもあまり認められていないが、当時は現代よりもはるかに異端的な考え方だった。米国の大学で医学を学んだ天風先生もインドの山奥へ入るまで心と体が一体であるとは、全く考えたこともなかった。それどころか心が体に影響するなどとは考えもしなかったのである。
 
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