生命思考 
ニューサイエンスと東洋思想の融合 
石川光男・著 TBSブリタニカ 1986年刊
 

 地球は生命体である

 宇宙飛行士などの体験報告や、テレビに映し出される宇宙の神秘的な姿を見聞している私たちは、地球が生きている、という表現を素直に受け入れる。しかし「地球は生命体である」とか「地球は有機体システムである」といわれるとすぐには納得できないかもしれない。
 地球が宇宙の空間で独立した存在になったのは約45億年前とされている。その地球上で生命が誕生したのは、30億年以上前といわれる。それ以来今日まで地球上の気候はただの一度も生命の存在が100%不可能になった時期はない。氷河期があったではないか、といわれるかもしれない。しかし氷河期の寒波が襲ったのは、北緯45度以北と南緯45度以南だけで、地球の表面の約70%は、寒波の影響をそれほど受けなかったのである。
 たとえば地球の温度を例にとろう。生命体が存続するのに適した温度は、華氏で60〜100度、とされているが地球の表面温度は、氷河期やいまよりいくらか暖かだった生命の発生期を除けば、この適温範囲から踏み外したことがないのである。温度に影響を与えた太陽エネルギーの出力は35億年前には現在より30%は低かったと推測されているから、仮に地球の気温が太陽エネルギーの出力だけで決まるとすれば、生命が地球に現れてからの平均気温はずっと氷点下で凍りついていなければならない。
 これほどの出力変化にもかかわらず、表面温度が安定していたのは、地球を取り巻いている炭酸ガスやアンモニアといったガスによって地表の輻射熱が放出されるのを防いできたからと考えられてきた。これは温室効果と呼ばれている。それだけではない。太陽光線が惑星によって宇宙へ反射される割合をアルベドというが、初期の地球は表面の色が暗く太陽熱の吸収率は高く、アルベドが低かった。温室効果とアルベドの低さの2つの条件が地球の表面温度を何十億年にもわたって安定させてきた、というのがこれまでの科学者の推定だった。
 しかしイギリスの科学者、ジム・ラヴロックは2つの条件が偶然に存在するだけでは、温度の安定性を説明できないと主張し、ギリシアの地母神ガイアになぞらえて「ガイア仮説」を唱えた。
 氷河期は地球の軌道のわずかなズレによって起き、そのときの地球の熱の減少は2%程度だった。つまりたった2%で氷河期が到来したのだから、太陽エネルギーの出力が30%も変化した以上、地球の気候は激変していなければならない、とラヴロックはいう。それでも現実に気候が安定しているのは、地球圏が環境を安定に保つような自動調節機構を備えていたとしか考えられない、というのがラヴロックのガイア仮説である。そしてその機能を果したのは生物自身であると彼は主張する。
 気温だけでなく大気の組成も絶妙なバランスを保ってきた。たとえば現在の酸素濃度は21%だが、これは生命体にとっては安全の上限ぎりぎりの濃度で、実はこの酸素濃度は、35億年間ほとんど変化していないのである。仮に酸素濃度が1%上昇するごとに落雷による山火事の危険性は70%も増加する。さらに25%を超えると熱帯雨林も極地のツンドラも破壊すると言われている。
 他の水蒸気や炭酸ガスなどについても生命体が生きられるように組成が実にうまく調節されている。ラヴロックはこのような自動調節機能がうまくいってきたのは地球上の生命体の働きによるという仮説を提出した。これが「ガイア仮説」の核となる考え方である。
 地球のこの驚くべき絶妙なバランスの維持は、生命体の持っているホメオスタシスとほとんど同じである。地球生命圏は一つの巨大な自己有機体システムとみなすことができるし、その中で環境と生物が互いに補完し合ってきたのである。つまり地球は生命体、と言えるのである。
 
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