日本人の誇り
日本人の覚醒と奮起を期待したい 
藤原正彦・著 文春新書
 

 若者は「恥ずかしい国」となぜ言うのか

 2年前に、私はお茶の水女子大学を退職しました。セクハラ退職ではありません。堂々たる定年退職です。定年前の十数年間、私は専門の数学以外に、1年生対象の読書ゼミを週に1コマか2コマ担当しておりました(拙著『名著講義』〔文藝春秋〕に実況中継されています)。私はそのゼミでよく新入生にこう尋ねてみました。
「日本はどういう国と思いますかI
 20歳くらいの彼女達の答えには、表現の差こそあれ、「恥ずかしい国」「胸を張って語れない歴史をもつ国」などと否定的なものが多かったのです。
「明治、大正、昭和戦前は、帝国上義、軍国主義、植民地主義をひた走り、アジア各国を侵略した恥ずべき国。江戸時代は士農工商の身分制度、男尊女卑、自由も平等も民主主義もなく、庶民が虐げられていた恥ずかしい国。その前はもっと恥ずかしい国、その前はもっともっと……」
 こう習ってきたのです。長く暗い時代を経た後、戦後になってやっと日本は自由平等と民主主義の明るい社会を築くことができた、という歴史観です。そう理解することでやっと大学合格にまで漕ぎつけたのです。先日、共学のある高等学校で講演したところ、生徒の感想文が送られてきました。まったく同じことを信じていた彼等の感想文には、「生まれて初めて自分の国が誇らしく思えてきました。そして身休の底から力が湧いてきました――とか「これまで学校や家で習ってきたことは何だったのかと思いました。これからは自らたくさん本を読み自ら考えるようにしようと決心しました」といったものがいくつもあったのです。
 日本中のほとんどの若者が自国の歴史を否定しています。その結果、祖国への誇りりを持てないでいます。意欲や志の源泉を枯らしているのです。
 
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