日本人の誇り
日本人の覚醒と奮起を期待したい 
藤原正彦・著 文春新書
 

 自国のために戦うか?

 私はゼミ学生達の、かくもひどい国に生まれた不幸に同情した後、必らず質問することにしていました。
「それでは尋ねますが、西暦500年から1500年までの10世紀間に、日本一国で生まれた文学作品がその間に全ヨーロッパで生まれた文学作品を、質および量で圧倒しているように私には思えますがいかがですか」
 これで学生達は沈黙します。私はたたみかけます。
「それでは、その10世紀間に生まれた英文学、フランス文学、ロシア文学、をひっくるめて3つでいいから挙げて下さい」
 彼女達は沈黙したままです。私自身、「ベーオウルフ」と「カンタベリー物語」くらいしか頭に思い浮かびません。
 私は彼女達にさらに問いかけます。
「この間に日本は、万葉集、古今和歌集、新古今和歌集、源氏物語、平家物語、方丈記、徒然草、太平記……と際限なく文学を生み続けましたね。しかも万葉集などは一部エリートのものではなく、防人(さきもり)など庶民の歌も多く含まれています。それほど恥ずかしい国の恥ずかしい国民が、よくぞ、それほど香り高い文学作品を大量に生んだものですね」
 理系の学生かいればさらにたたみかけます。
「世界中の理系の大学1年生か2年生が習う行列式は、ドイツの生んだ大天才ライプニッツの発見ということになっていますが、実はその10年前、元禄に入る以前の天和3年に関孝和が鎖国の中で発見し、ジャンジャン使っていたものですよ。『解伏題之法』(1683年)という書物の中にあります」
 彼女達は完全に沈黙します。唖然としてから少しだけ背筋を伸ばします。毎春の授業風景でした。
 自国を卑下するという世界でも稀な傾向は私の学生のみに見られるものではなく、統計的にもあらわれています。世界数十力国の大学や研究機関が参加する「世界価値観調査」によりますと、18歳以上の男女をサンプルとした2000年のデータですが、日本人は「自国を誇りに思う」の項目で世界最低に近いのです。「もし戦争が起こったら国のために戦うか」では「ハイ」が15%と図抜けて世界最低、ちなみに韓国は74%、中国は90%です。恥ずかしい国を救うために生命を投げ出すことなどありえないのです。無論、世界中が日本人のように戦う意志を失ったらすぐに平和が達成されるのですが、残念なことにそのようになるはるか前に日本がなくなってしまう、そして世界はそのまま、というのが悲しい現実なのです。
 
← [BACK]          [NEXT]→
 [TOP]