新装版
死者は生きている
萩原玄明・著 ハート出版 
第3章 御佛(かみ)の正しい教えを
2.水子の魂が主張したこと

 水子には詫びる心で

 私の寺でこんなことがありました。
 若い一組のカップルが、水子の供養をお願いしたいと、突然に見えてのお申し出です。
 見ると、男性の方は私の信者さんの息子で、女性は同じ24、5歳の人で、こちらは初対面の人です。
 この2人の交際について、私は男性(A君)の父親から「困ったこと」としていろいろ話を聞かされていたのを思い出しました。
 というのは、A君と親密な間柄になったこの女性(B子さん)にはとかくの噂があり、過去に3人の男性と交際して、しかもそれぞれに1人ずつの子供を宿し、そしてすべて堕してしまったということでした。
 こうした場合、一言のもとにB子さんを否定的に評価してしまうことも簡単ですが、しかしまた、それぞれの場合をひたむきに生きたにも拘わらず3人の男性から捨てられた気の毒な女性という対極に立つ見方もできるわけです。
 ところが、このB子さんは、A君との間の子も先頃掻爬したので、その水子供養を――ということなのです。
 偏見なしに人を見るというのは難しいことで、この女性を可哀想に思ったり、また反対に、どうしてこうも無知で自分だけよければ子供なんてと、平然と無残な処理をしてしまうのだろうと、複雑な心境でもありました。
 まったくの話、親の都合で、何ひとつ自分ではできない胎児が、あっという間に生命をとられてしまうのですから、世に言う水子ほど可哀想なものはないと思います。
 それなのに――若干脱線しますがお許しをいただいて――水子の霊は、まだ人間として誕生していないのだから存在しないと言う宗教家が居ることを知って以来、私はこの問題になると敢えて声を大にして申し上げたくなるのです。
 水子霊は無いとか、三ヶ月未満の胎児なら大丈夫とか、実に無責任な説を、一体何を根拠に言っているのでしょうか。
 すべて嘘です。
 嘘なのに、これらの説を聞いて「ああ、よかった」と安心する人々は、実をいえば大変に多いはずです。だから、安心させることを先ず言って次に――と何かを狙う人々の作り話であると断言します。
 また、安心したいために、都合のいいことを言ってくれたと従って行く、自己中心のずるい心の人達もたくさん居るということでもあります。
 安心したい人がたくさんいるから、安心させるための嘘を言う人が出て来るのです。
 嘘を言うだけではありません。
 お地蔵さんの前で、形だけの創られた作法を行なって、いくらいくらの金額を納めればよい、遠い人は送金して来れば、何日間拝んであげるなどと、折込み広告まで使って、何千人、何万人が申し込んで来るのを、怪し気な装身具の通信販売同様に待っている連中まで存在しているのです。
 こうした嘘に、これで済むならと頼む方も良くありません。
 水子には、先ず第一に詫びることです。自分の都合を優先させたことへの反省です。
 こうした心だけが水子さんの魂と通い合えます。
 
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