「心の時代」の
人間学講座
石川光男/船井幸雄/草柳大蔵 アス出版 

 部分重視の西欧医学

「生命はつながりである」ということを、よく表わしているもう一つの例があります。
 また噛むということに関係したお話なのですが。身体的に似たような条件で、歯がそろっている人と歯がほとんど抜けてしまっている人の死後の頭蓋骨の重さを比べた研究があります。
 すると、歯があって亡くなった方の頭蓋骨の重さは650グラム、歯が無くて亡くなった方の頭蓋骨の重さは280グラムでした。2倍以上の差が出ています。これは何を意味しているのでしょうか。
 これは、歯の重さの違いではないのです。歯の無い人の頭蓋骨を調べてみますと、骨がスカスカで非常に脆くなり、縫合部分もガタガタになってかみ合わせがゆるんでいます。それが倍以上の重さの違いに表われているのです。
 歯の状態と頭蓋骨の状態だけでもこれほど密接な関係があるのですから、身体の一部の状態と全身の状態は密接な関係があります。一部分の異常は、必ず他の部分の異常につながっていきます。
 歯は「物」としての身体の一部分ですが、それは単なる独立の部分ではなくて、身体全体と密接なつながりを持った存在であるということです。
 私達は、歯の噛み合わせがごくわずか狂っただけでも、頭痛、腰痛、高血圧と、さまざまの症状を起こします。このように部分的な異常と全身的な異常とは密接なつながりがあります。
 けれども、歯科医でもこのことを分かっている人は少ないのです。近代医学では、歯を身体の単なる部分としてしか見ていないのです。私の知っている歯科医で、身体全体のことを考えて歯を治す方も何人かおられますが、このような考え方をする歯科医はまだ少ないのが現状です。
 これは歯科医だけに限ったことではなく、西欧医学全体に共通する考え方です。
 皆さんは、身体の具合が悪くなった時に、どう思って病院に行きますか。
「身体のどこかが悪いに違いない」と思って行くわけですね。医者の方も患者が来たら、いろいろな検査をして、どこが悪いかを見つけようとします。そして医者から「あなたは肝臓が悪いですよ」と言われて、「ああ具合が悪かったのは、肝臓のせいだったのか」と患者も納得するわけです。
 もしその時、医者が「あなたは身体全体が悪いですよ」と言ったら患者はガッカリするか、あるいは「悪いところも見つけられないのか、このヤブ医者め!」ということになるわけです。ここに今までの科学が生命を見る時に持っているものの見方の体質が表われています。
 今までの医学の持つ生命観は、部分と全体のつながりに対する認識が非常に薄く、心臓が悪い、胃が悪いと言うと、その部分だけを取り出して治そうとする部分重視の発想です。
 こうした生命観が私達の間にも知らず知らずに浸透して、身体の具合が悪くなれば身体の中のどこかの部分が悪くなったのだと考えて、身体全体に思いをはせるという習慣がないわけです。
 
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