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第2章 憑依の実際 | ||
3.東京・文京区の少女の場合 | ||
死者は生きているときのままに病状を訴えてくる 或る年の7月9百。東京の文京区にある祖母の墓を、ひろみちゃんは、母・姉・弟と共に四人でお参りに行きました。 その夜、急にひろみちゃんの様子がおかしくなってしまったのです。 家中の電気を無言で片端から消して歩きます。誰かが困って点灯すると、すぐにひろみちゃんが来て消します。 それからお線香を夢中で探して歩き、佛壇にお線香が無いという状態を見ると、余計にイライラします。今まで一度も見せたことのない行動であり、言うこともとても普通ではないので、母親が心配してひろみちゃんの体を触ってみましたところ、非常に熱く、しかも手足だけはびっくりするほど冷たいのです。以前に看護婦をしていたこともある母親は、早速ひろみちゃんを引っ張って近くの有名病院へ飛んで行きました。 注射をしてもらって帰って来ましたが、どうも様子が別人のように見えて心配です。 18歳になる姉娘がこういいました。 「お母さん、これ絶対ヘンよ。ひろみじゃないわ。誰かほかの人がひろみの中に入っちゃっているわ」 身近な人だけが感知できる特徴的症状が、この別人感覚です。手足だけが氷のように冷たくなるというのもよく聞きます。 そうこうしているうちに、ひろみちゃんがお母さんのことを「すみ子、すみ子」と、呼び捨てにするようになりました。もちろん、物心つく頃から今まで「お母さん」と呼んでいたのに、一体どうしたことでしょう。 「ひろみ。あんた誰なの、誰」 「すみ子。私だよ」 「え?・・・・・・・お母さん」 「そうだよ」 12年前に亡くなったすみ子さんの母親、つまり、ひろみちゃんのお祖母さんです。 あまりの懐かしさに、お母さんは16歳の自分の娘と思わず抱き合ってしまいました。が、我にかえって娘を突き放し、 「冗談じゃないわよ、お母さん……ひろみ」 さっぱり何が何だかわからなくなってしまいました。 青くなったお父さんが、あちこち新聞社やテレビ局などに電話したりして、結局、次の日に私の所へ皆さんでみえました。 私が「ひろみちゃん」と声をかけても黙ったままです。 「あなた、ひろみちゃんですか」 「……」 「誰ですか」 「キミですよ」 「キミさん?」 脇から、ひろみさんの母親・すみ子さんが小声で、 「私の母なんです」 「いつ亡くなったんですか」 「昭和51年2月14日です」 「そうですか。お祖母ちゃん、どうしちゃったの、もう13年も前のことじゃないの」 ひろみちゃんは正座したまま首を垂れていて、何か口を動かしたようにも見えました。 「お祖母ちゃん。声が小さいけど、どうしたの?」 「……私は……」 「うん」 「……心臓が悪くて……」 「お祖母ちゃん、それは、あなたが人間としてこの世にあった時のことでしょう? 今はもう魂だけになっているんですよ」 肉体を借りている以上、それなら自分の名前だって書けるはずだと鉛筆を持たせようとしたのですが、すぐにポトンと落としてしまいます。 「しっかり持って下さい」 「駄目ですよ。私はリュウマチなんですから」 「お祖母ちゃん。リュウマチだろうが何だろうが、もう13年も前のことでしょう。あなたはいつまでもこの世に執着しているからそれでいつまでも病気でいる気がしてるんですよ。自分は病気だったんだ、心臓が悪かったんだ、リュウマチで苦しんでいたんだと、そうした気持ちから離れようとしないために、いまだに病気でいなきゃならない。そのことがどうしてわからないのかな」 「私は死ぬのがこわい」 「死ぬのがこわいって、もう死んだんじゃないの」 とにかく非常な執着です。このキミお祖母さんは、正月に、すみ子さんの弟、つまり息子の運転する車で外出した際に、氷に滑って腰を打ってしまい、それが寝込む始まりとなって、結局、近くの病院に入院したのですが、とうとう入院のまま翌月亡くなりました。 病院では始終「帰りたい。病院なんかには居たくない。早くすみ子の家に帰りたい」と言い続けていたといいますから、死んでからのちもよほどの未練があったものと思われます。 それでとうとう13年もの間、生きているつもりで「すみ子、ひろみ」などと、娘や孫に訴え続けて来てしまったのです。 |
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