を鍛える本
人生に勇気、心に力がみなぎる
櫻木健古・著 三笠書房 
第4章 自分の欲望と上手につきあう

 すさまじい欲の末路

  欲ふかき人の心と降る雪は
     つもるにつれて道を忘れる


 日本列島の美しい自然が、日本民族を一億総詩人(?)になさしめた。そういう私たちは古来、自然と和合し、これと一体となって生きるという姿勢を、とりつづけてきました。いまは西欧のマネをして、自然を征服するという姿勢に徹し、その結果、公害という形で、自然からのシッペ返しを受けているわけですが――。
 自然に溶けこんでこれを愛した日本人は、短歌、俳句という超短詩芸術において、いわゆる“花鳥風月”を題材として、おびただしい作品を生みだしてきたのですが、日本人のこのメンタリティーは道歌の世界にも生き、人生の教えや知恵を、自然現象を借りて象徴的に詠う、という技法を生みだしています。ふつうの俚諺や格言にはない、道歌に独特の特色と言えましょう。そして、そういう作品は一般に、格調が高く、味が深くて優雅なものです。
 この歌、人間の醜さをかなりきびしく突いているのですが、それにもかかわらず、キビシイという感じをあまりうけないのは、「降る雪」という一語が挿入されているためでしょう。自然が人間を救っている形です。
 雪が降りつもるとそれが土をおおい、どこが道かをわからなくしてしまいます。
 人間の欲も度がすぎると、そのために良心に雲がかかって、人倫の道にそむく行為をすることがある。幼児の誘拐事件なんか、それの極まったものでしょう。
 欲そのものがいけないのではない。早い話、食欲や性欲が悪であるとしたら、おたがい、恥ずかしくて生きていられません。
 何の欲であれ、欲を満たす快さが、人間の生きがいという心情の、小さからぬ部分を占めている。その快感がなかったら、生きていたって面白くないでしょう。七十、八十の高齢になっても、事情は同じと思われます。
 だから、欲そのものはよい。欲の強さ、大きさは、生命力の表現でさえあるでしょう。
 問題は、自分のもろもろの欲をコントロールする力があるか、どうか、ということ。その力に乏しくて、欲に負ける、欲に流されるようだと、身を亡ぼす可能性がある。
 自分が亡びるだけなら自業自得というものですが、欲のために良心が曇って、背倫的、反社会的な行為をなすようになっては、自分ひとりの問題ではすみません。
 現代のような物余り、金余りの飽食時代には、欲が満たされておさまるよりも、かえって限りなく刺激されやすいし、「物で大切にする」という基本的な倫理もおろそかになりやすい。だから、「物で栄えて心で亡びる時代」という警鐘が鳴らされる。「道を忘れる」方向へゆきやすいからでしょう。
 
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