生命思考 
ニューサイエンスと東洋思想の融合 
石川光男・著 TBSブリタニカ 1986年刊
 

 哺乳ビンでは情報交換ができない

 赤ちゃんが生まれて2週間ぐらいは、母親の母乳は出にくくなっている。実はこれが赤ちゃんの生体にとって具合がいいのである。赤ちゃんは母親の胎内にいる間、排泄をしていない。それを大体、1週間ぐらいかかって体外へ出していくのだが、その間はあまり外から大量に乳が入らないほうがいいのである。母乳が最初からどんどん出れば、このリズムが狂ってしまう。
 また母乳が出にくいために赤ちゃんは、強く乳首を吸う。強く吸うと赤ちゃんの口や顎などの筋肉の発達に役立ち、さらに脳の発達にもいい影響をもたらす。最初の1週間ぐらいはなかなか上手に吸えないが次第に強く吸うことを覚えていく。この1週間は、排泄のための1週間とタイミングが合うようになっている。
 一方、母体は出産によって体力を消耗するので、身体をあまり動かさないほうがいい。しかし赤ちゃんがオッパイを吸うと、その刺激によってオキトシンホルモンが出る。これが母体の回復に非常に役立つのである。
 母と子の間にはこうした情報のやりとりがあり、それが互いの生体にプラスに作用している。赤ちゃんだけが情報を得るだけでなく、母親のほうもちゃんと赤ちゃんから情報を得ている。生体の情報交換というのはきわめて巧妙にできている。
 ところが一般に普及している人工的授乳情報は、生後何日までは1日の授乳回数や量はこれぐらい、とデータを出している。若いお母さんたちは、その情報をよりどころにしてミルクを与えようとする。しかしそんな平均的な量や回数に合わない赤ちゃんはいくらでもいる。その結果、「うちの子はちっとも飲んでくれない。これで大きくなれるのかしら」と母親は気をもむ。
 実際は赤ちゃんも母親も自然にその量も回数も両者の情報交換によってコントロールできるようになっているから、外からの一方的な科学の衣をつけた情報に振りまわされる必要はないのである。
 また、哺乳ビンによる授乳法も母子の生体にとっては決してよくない。哺乳ビンの吸い口は軟らかく、赤ちゃんの弱い吸引力でもすっと出るようになっている。楽ではあっても口や顎、そして脳の発達にはそれほど役には立たないし、母親の体力回復にもつながらない。
 哺乳ビンという人工物が生体同士の間に入ることによって、本来両者で交されるはずの情報をわざわざ遮断してしまっているのだ。
 哺乳ビンで育った赤ちゃんの歯並びや歯の発達が母乳で育てた場合より悪いのは統計データとしても出ている。もちろん統計データはあくまでも平均的な傾向を示しているにすぎないから、哺乳ビンで育った赤ちゃんのすべてに当てはまるわけではない。しかし全体的には哺乳ビンより母乳の方が母子の生体にとっていい影響をもたらすことは確かである。
 欠伸(あくび)をしたら顎がはずれる子が急増しているという報告も母乳の飲ませ方と決して無関係ではないように思う。顎の骨が弱ったり退化しているのは日本人の全般的な傾向で、これは顎の発達期に軟らかい物を食べさせているからである。
 離乳食といえば軟らかい物と決めてかかっているが、これは大間違いである。自然にあるものは、どれもある程度の固さを持っている。それを徹底的に軟らかくして与えるのだから、顎の発達を抑えているのと同じである。噛むことは脳の発達に役立つが、実は脳の発達が悪いと姿勢も悪くなる。授乳のやり方によってはそこまで影響が出てくるのである。人工的な外部情報に引きずられていると貴重な生体の内部情報を見逃し、結果的には自らの生体を傷めつけることになる。
 
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